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神宮について About Ise Jingu

外宮(豊受大神宮)| 別宮 土宮 つちのみや

御祭神
大土乃御祖神おおつちのみおやのかみ

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ご祭神は、大土乃御祖神。古くから山田原やまだのはら の鎮守の神でしたが、外宮の鎮座以後は宮域の地主神、宮川堤防の守護神とされ、平安時代末期に別宮に昇格しました。
土宮の前は式年遷宮山口祭やまぐちさい御船代祭みふなしろさいの祭場でもあります。

御鎮座地
御池にかかる亀石を渡り、右側に広がる深い杉木立の中に鎮座します。他の別宮が全て南向きであるのに対して、土宮だけが東向きです。

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土宮の由緒と沿革

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土宮は、古来外宮ご鎮座の山田原の守護神として崇敬されてきました。延暦23年(804)の『止由気宮儀式帳とゆけぐうぎしきちょう』には「大宮地神」と記され、長徳ちょうとく3年(997)の『長徳検録ちょうとくけんろく』には外宮所管の田社でんしゃ32前の1座として「土御祖神社」の名を見ることができます。 しかし、田社とは今でいう末社にあたり、古代においては別宮ではありませんでした。

大治だいじ3年(1128)に宮川堤防の守護神として別宮に昇格しましたが、田社から別宮の地位に昇格したのは特別な理由があったものと推察されます。

現在、市街地の西を流れる宮川は、かつて幾筋かに分岐し、今の市街地も流域にあたりました。当時は治水技術も発達しておらず、氾濫による被害が相次ぎ、地域住民にとって宮川治水の感心は高く、土地の守護を司る大土乃御祖神に対する祈りは切なるものがあったことでしょう。また、外宮の祭祀を行う上でも洪水は支障をきたしたと考えられます。そのような状況の下で宮川堤防の守護神ということに重きが置かれ、大治3年に宮号宣下きゅうごうせんげされ、別宮に昇格したのです。

さて、他の別宮が全て南面するのに対して土宮だけが東面しています。保延ほうえん元年(1135)のご造営の際もこの点が問題となり、朝廷においても十分検討されましたが、結局は従来通り東面に建てられることになりました。これについては南面に建てれば正宮を後にするとか、地勢の便宜上の理由に拠るとか、古来種々論じられてきましたが、詳らかにしません。但し、理由の如何にかかわらず、東向きにご鎮座するということは外宮ご鎮座以前にさかのぼり、古くからの姿を残したものといえます。

  • 平成17年9月 土宮前の祭場で斎行された御船代祭

止由気宮儀式帳とゆけぐうぎしきちょう
延暦23年(804)豊受大神宮とようけだいじんぐう禰宜が神祇官に提出した上申文書。祭儀、鎮座の由来などについて記した重要な神宮資料です。
宮号宣下きゅうごうせんげ
別宮の「宮」は宮号といい、宮号宣下は天皇から宮号をいただくことです。

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