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神宮について About Ise Jingu

内宮(皇大神宮)| 別宮 伊雑宮 いざわのみや

御祭神
天照大御神御魂あまてらすおおみかみのみたま

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伊雑宮は、天照大御神の御魂をお祀りし、「いぞうぐう」とも呼ばれます。古くから「遙宮とおのみや」として崇敬を集め、地元の人々によって海の幸、山の幸の豊饒ほうじょうが祈られてきました。
毎年6月24日(6月月次祭当日)に行われる御田植式は、とても雅な神事で、「磯部の御神田おみた」の名で国の重要無形民俗文化財に登録され、日本三大田植祭の一つとされます。

御鎮座地
志摩市磯部町上之郷374
アクセス
近鉄上之郷駅より徒歩3分

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伊雑宮の由緒と沿革

文中の青字をクリックで「用語説明」をご覧になれます。

伊雑宮の創立は約2000年前、第11代垂仁すいにん天皇の御代といわれます。皇大神宮ご鎮座の後、倭姫命やまとひめのみこと御贄地みにえどころを定めるため、志摩国をご巡行された後、伊佐波登美命いざわとみのみことがこの地に神殿を創建し、皇大御神の御魂をお祀りしたと伝えられています。

志摩国は、大伴家持おおとものやかもちが『万葉集』に「御食みけつ国志摩の海女あまならし 真熊野まくまのの小船に乗りて 沖辺漕おきべこぐ見ゆ」と歌ったように、風光麗しく、海産物に富み、古来神宮と朝廷の御料ごりょうを貢進した土地とされ、今でもアワビや伊勢海老の神饌しんせんが奉納されます。

延暦23年(804)の『皇太神宮儀式帳こうたいじんぐうぎしきちょう』には宮名が記されており、それ以前から別宮として位置付けられていたと考えられます。
鎌倉時代の『吾妻鏡』には、源頼朝が神宮に祈願した際、神馬を伊雑宮に贈ったと記されています。江戸時代には両宮参拝の後、伊雑宮に詣でることも珍しくありませんでした。

  • 祈年祭大御饌の儀 海川山の神饌がお供えされます

  • 平成26年11月に斎行された式年遷宮奉幣の儀

御贄地みにえどころ
皇大神宮こうたいじんぐうへ奉るお供え物を採る所。
御料ごりょう
天皇や貴人が使用する物。衣服や飲食物などです。
神饌しんせん
主食の米に加え、酒、海の幸、山の幸、その季節に採れる旬の野菜など、神様へお供えされる食事です。
皇太神宮儀式帳こうたいじんぐうぎしきちょう
延暦23年(804)宮司大中臣真継おおなかとみのさねつぐらが神祇官じんぎかんに提出した上申文書。祭儀、鎮座の由来などについて記した重要な神宮資料です。

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佐美長神社 さみながじんじゃ

伊雑宮から約800メートル離れた地に鎮座し、大歳神おおとしのかみを祀る伊雑宮の所管社。真名鶴まなづるが稲穂をくわえて飛んできて、その穂を落とした伝承から「穂落社ほおとしやしろ」、また真名鶴を五穀豊穣の神である大歳神と称えて「大歳社」とも呼ばれる。

佐美長御前神社四社 さみながみまえじんじゃ

佐美長神社の前に並んで鎮座する四つの小さなお社で、佐美長御前神を祀る。また地元の神である伊佐波登美命とその子孫を祀るとも伝えられる。

授与品の紹介

  • 剣 祓
  • 守 祓
  • 御 守
  • 交通安全御守
  • 海幸木守

授与品、御朱印は宿衛屋でおたずねください。

  • 宿衛屋

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