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神宮について About Ise Jingu

内宮(皇大神宮)| 別宮 倭姫宮 やまとひめのみや

御祭神
倭姫命やまとひめのみこと

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倭姫宮は、内宮と外宮を結ぶ御幸道路の中ほどの倉田山に鎮座し、倭姫命をお祀りしています。緑のあざやかな倉田山の西側には、神宮徴古館じんぐうちょうこかん・農業館、美術館、神宮文庫等があり、この辺りを「倭姫文化の森」といいます。

御鎮座地
伊勢市楠部町5
アクセス
近鉄五十鈴川駅より徒歩7分

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倭姫宮の由緒と沿革

文中の青字をクリックで「用語説明」をご覧になれます。

倭姫命は、第11代垂仁すいにん天皇の皇女です。第10代崇神すじん天皇の皇女豊鍬入姫命とよすきいりひめのみことの後を継いで「御杖代みつえしろ」として皇大御神に奉仕され、皇大御神を戴いて大和国をお発ちになり、伊賀、近江、美濃等の諸国を経て伊勢の国に入られて、ご神慮によって現在の地に皇大神宮をご創建されました。『皇太神宮儀式帳こうたいじんぐうぎしきちょう』には、皇女豊鍬入姫命、倭姫命のご巡行じゅんこうの記録があり、14ヶ所のゆかりの地があげられています。

倭姫命は皇大神宮ご鎮座ののち、神嘗祭かんなめさいをはじめとする年中の祭りを定め、神田並びに各種ご料品を奉る神領を選定し、禰宜ねぎ大物忌おおものいみ以下の奉仕者の職掌を定め、斎戒さいかいはらえの法を示し、神宮所属の宮社を定められるなど、神宮の祭祀と経営の基盤を確立されました。

倭姫命から後、代々の天皇は未婚の皇女を伊勢に遣わして皇大御神に奉仕させられましたが、このお方を斎王さいおうと申し上げます。

このように大きなご功績をお示しになられた命の御徳をお慕いして、大正の初年から神宮司庁と宇治山田市(現在の伊勢市)が命をまつるお宮の創立を請願し、大正10年1月4日、皇大神宮別宮として当宮のご創立が許可され、同12年11月5日にご鎮座祭が執り行われました。

神宮には、別宮・摂社・末社・所管社の諸宮社があり、ご由緒は古く、奈良時代以前に遡るものが多いのですが、当宮はこのようなご事情により創立が極めて新しいのです。

  • 『皇大神宮奉祀』 矢沢弦月

  • 平成26年12月に斎行された遷御の儀

御杖代みつえしろ
天照大御神の御杖となって、御神慮ごしんりょを体して仕えられる方のことです。
皇太神宮儀式帳こうたいじんぐうぎしきちょう
延暦23年(804)宮司大中臣真継おおなかとみのさねつぐらが神祇官じんぎかんに提出した上申文書。祭儀、鎮座の由来などについて記した重要な神宮資料です。
禰宜ねぎ
宮司を補佐する職。神の心を和ませることを意味する古語、「ねぐ」が語源です。
大物忌おおものいみ
古代から明治時代初期まで存在した神宮の職名。成人するまでの少女が務め、神前近くの奉仕をしました。
斎戒さいかい
祭典奉仕の前に心身を清めて、行動を慎むこと。神宮では食事や行動範囲などに制限を設けています。

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