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豊受⼤神宮(外宮)別宮
正宮に次ぐお宮を別宮といいます。外宮の域内には「
多賀宮
豊受⼤御神の「荒御魂」を
お祀りする、外宮第⼀の別宮
多賀宮は、外宮に所属する四別宮のうち、第一に位しています。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさです。ご祭神は、豊受大御神の
- 御鎮座地
- 御池にかかる亀石を渡り、98段の石段を上った小高い丘の上に鎮座します。
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多賀宮の由緒と沿革
多賀宮は古くは「
多賀宮は今から約1500年前、第21代
お祭りは正宮に準じて行われ、祈年祭・神嘗祭・新嘗祭の奉幣の儀も、正宮につづき


土宮
⽔防に功績のある
⼟地の神を祀り、唯一
正面が東向きの別宮
ご祭神は、大土乃御祖神。古くから
土宮の付近は式年遷宮
- 御鎮座地
- 御池にかかる亀石を渡り、右側に広がる深い杉木立の中に鎮座します。
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土宮の由緒と沿革
土宮は、古来外宮ご鎮座の山田原の守護神として崇敬されてきました。延暦23年(804)の『
現在、市街地の西を流れる宮川は、かつて幾筋かに分岐し、今の市街地も流域にあたりました。当時は治水技術も発達しておらず、氾濫による被害が相次ぎ、地域住民にとって宮川治水の感心は高く、土地の守護を司る大土乃御祖神に対する祈りは切なるものがあったことでしょう。また、外宮の祭祀を行う上でも洪水は支障をきたしたと考えられます。そのような状況の下で宮川堤防の守護神ということに重きが置かれ、大治3年に
さて、他の別宮が全て南面するのに対して土宮だけが東面しています。


風宮
- 御祭神
-
級長津彦命 級長戸辺命
内宮の風日祈宮と同様に、
「神風」を吹かせた
風雨の神を祀る別宮
ご祭神は、風雨を司る級長津彦命、級長戸辺命で、内宮別宮の
- 御鎮座地
- 御池にかかる亀石を渡り、多賀宮へ上る石段の左側に鎮座します。
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風宮の由緒と沿革
風宮は、古来
それが内宮別宮の風日祈宮と同様、蒙古襲来の際、ご神威によって猛風が起り、襲来した敵軍10万の兵を全滅させ、未曽有の国難をお救いになったご霊験に応えるべく、正応6年(1293)に一躍別宮に昇格しました。その詳細な経緯は『
元来、風宮は風雨の災害なく稲を中心とする農作物が順調に成育するように祈りが捧げられるお社でありましたが、元冦以来国難に際しては神明のご加護によって国家の平安が守られるという信仰が加わります。
幕末になると、欧米列強諸国による東洋進出がはじまり、日本もその侵略の危機に再び遭遇することになり、その際には中世以来の信仰は再度喚起され、朝廷は

延暦23年(804)
平安時代中期に
別宮の「宮」は宮号といい、宮号宣下は天皇から宮号をいただくことです。
天皇の命を伝える使者。現在、神宮には
神々への捧げものの総称です。神宮では五色(青・黄・赤・白・黒)の絹の